2010/07/13 (Tue) 11:05
ゲリラ豪雨が1時間程降った昨日の京都
直後の賀茂川です
古来鴨川は氾濫を繰り返す暴れ川として知られていました。これは大都市を流れる河川としては勾配が急であることに加え、平安京造営時に北山の木が伐採されたこと、市街地の東への拡大にともない河原が市街地化したことなどが原因とされています。
平安末期に権勢をふるった白河法皇は、自らの意に沿わないもの(天下三大不如意)の筆頭に「賀茂の水」を挙げています。
1935年(昭和10年)6月29日の水害では死傷者83名のほか、三条大橋や五条大橋の流失してコンクリート製の四条大橋・七条大橋に引っかかり川の流れをせき止め、あふれた水が鴨川と平行して走る京阪本線に路盤流失・駅舎やホームの損壊など大きな被害を出し歴史があります。これを契機に河川改修事業が行なわれ、戦争による中断や一部計画の変更があったものの、1947年(昭和22年)に完成しました。それまで西側に残る水路の高さから2m近く河道が掘り下げられた他、落差数十cmの堰を多く造り川の流速を抑制する現在の姿になりました。
いつもは穏やかな賀茂川、最近の天候には十分気をつけていきます。
PR
Comment